Edge Project ~俳優の「真実の演技」を手に入れる為のワークショップのシリーズ~

その時その場でのみ起こり得るあらゆる要素に確実にコミットしながら、俳優同士が、繊細かつ力強いコミュニケーションを行う事で、深く鋭い真実の葛藤を生み出す。 リアルでお芝居のようでなく、観客の心に深く届く、本物の芸術的な演技を身に付けたいならPrayers Studio が提供する Edge Project のシリーズで具体的な訓練を始めましょう。

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運営

「10回集中エクササイズ・ベーシックコース」
を受講された方のメンテナンス・クラスとして
「研究会」
を毎月数回、開催しています

多くの役者には
時間とお金の綱渡り
という現実があります。
また、リピティションエクササイズは毎回同じメンバーで訓練していても効果的ではありません。
そこで、この研究会に参加するメンバーの潜在的な人数をなるだけ大きくし、開催の可能性の有る日にちを出来るだけ多くピックアップ。
開催できる人数が集った日に開催する。
参加費も1回1000円と、最大限下げて何度も参加できる。
という方法を採っています。

俳優の行動

俳優は舞台上で常に行動し続けなければならない

この行動が二次的に感情を生み出す

では行動とは?

感じたことを相手に伝え続ける事

互いに感情のやり取りをし続けること

だとも言える

これがリピティションエクササイズで身につけようと試みるところのものである

演技芸術は行動と感情の芸術

音楽は音とリズムの芸術
絵画は色と線の芸術
では
演劇は?
行動と感情の芸術

常に俳優は舞台上で行動し続けなければならない
しかし、この場合の行動とは外的な、身体的な行動ではない

身体的な行動の動機となる真実の感情→欲求→考え(目的と課題の誕生)→外的な行動

この下線部が内的行動と呼ばれる、演劇における最も重要な「行動」である

俳優の仕事と最も重要で基本的な能力

演技とは本質的(精神的或いは霊的)には交霊に類する「受信」である

では、演技の本質を合理的・物理的(肉体的或いは物質的)に構造分析してみるとどうなるのか

舞台上、或いはカメラの前での仕事は大きく2つにカテゴライズできる

・そのときその場での相手役や、物理的環境(セット、音、光等)との感応
・役の抱える事情(役の過去とも言える)との感応

本番以前の仕事は

・戯曲やシナリオの分析と行動への翻訳

上記全てに関わる俳優の基本能力として無限に発達させるべきものが

・俳優の神経系(最も正直な神経系統・最高の透明度で全てを観客の前にさらサざるを得ない神経回路・最も繊細で敏感な、完全に開かれた意識)

である



リズム

文化の違いと言葉の違いは大きくかかわりを持っている。そしてその本質は文法と共に、言葉自体が持つリズムとかメロディーが人間の神経系に与える影響、或いは思考系に与える影響。英語と朝鮮語と日本語では、行動がいかに大きくかわるか・・・やってみよう

実人生の似たような状況

役の提案された状況を感じる(感情準備)為に
自分の人生から似たような状況も持ち込む
と言うが
何について「似たような」状況を見つけるのか

それは 「関係」 だ

役が関わっている状況と役との間の関係

役が関わっている相手役と役との間の関係
 
それを見つける事

キャラクターについて

キャラクターとは、自分自身と相手との関係が自分自身に選ばせ行わせている、コミュニケーションのしかた。立ち居振る舞い方。また、その癖。

例えば僕、渡邊智彦は、僕の人生の初めから終わる時まで、いかなる場合も僕自身であり続け、他人になることはない。が、僕が
僕の演技の先生Yさんと
僕の劇団の演出家Aさんと
NHKのプロデユーサーGさんと
友人のTと話す話し方は
どの状況も共に観察していた第三者の目には随分ちがったものとして映るだろう。

それは自分の目的とその人との関係とから、自分にとって都合の良い振舞い方を選択しているということ。
その際抑える感情や強調する感情に即して体のポジションが変化する。
これが外的なキャラクター。

だから、まずは自分自身の人生の中からそのにた関係のモデルとなる相手を見つける事。

自分が絶対に行わない振る舞いをする自分の演じなければならない役と自分の間の「差」を埋める作業もその延長線上にあるのであって、急激にそこを目指すのは危険。


次回に繋がる研究課題→自己と他者の違いとは何なのか??


人間の完成へ

僕は演劇を学び、役を演じることを通して自分自身の意識の成長を求めている
また演技の研究を通して人間の探求をしたい
人間の意識の構造や秘密を知りたい
人間の葛藤、その構造を知りたい

「役を作る際、役者にとって必要なのは意味や解釈ではなく事実とか事件、記憶である。この記憶をいかに鮮明で影響力のあるもの(役を演じる役者自身に対しての影響力)に出来るかにかかっている」

うまくいってるとどんどん加速するが、いっていないと認識するとおちる。
打率上げるためには、うまくいって無い時にモチベーションをいかに下げず回復
までいかに行動出来るかにかかっている

覚書

・感情と言うのは単純ではない複雑なもの、ミラーボールのように一瞬一瞬変わっていくもの。非常に膨大な情報量を持つ情報である。知性が論理という方法論を使い言語から受け取る情報量よりはるかに大きな情報。感情はある特定の環境のなかで人間が「感じる」ことによって生まれてくる「考え」である。
・生活とは役と状況や他の役との関係。しかしこれは、外的にみた結果。俳優・役
の内的な作用は状況や他の役との間に心がなにを感じるか。その情報の積み重ね
。つまり俳優がテキストを読み頭で分析して導き出した「関係」ではだめ。その
状況を感じるか。実人生から似た状況を思い出して感じるか。
・俳優の自己感覚~ダンチェンコの本から~本物の俳優の創造は俳優の身体的に神経が震えるような状態までの正確な考えを伝えてくれるだけの人物像をつかむ事である。つまり、稽古しているとき俳優に必要なのはその状態を思い出す事。この記憶は俳優自身の人生経験のみに拠らず遺伝的な記憶にまで拠る。考えがその状態を思い出す時正確になる
・「現在」のリアクションを予め作ってしまう事こそが俳優の最も一般的な間違い。過去だけを最大限具体的に、自身にとって最もリアルに作っておくこと。後は感じる事。感じられる神経系を育てる事は俳優の最も重要な仕事。
・姿勢が大切
・考えを使うと表現しようとしてしまいがち。視覚化が重要。
・しっかり埋まっていれば、表現しようとする事をすべてやめた時、自然が動き始める。そのほうが強く鋭く広大な広がりを持つ。
・本当に舞台の上で常に2歳児でいられてしまったら、何の感情的な抑制や傷害も無く欲求のままに行動できるなら、そこには味わいも面白みも無いのではないか?人間の興味を引くような面白みも味わいも無いのではないか?それでもやはりキーワードであり続ける「子供になる」「2歳児のように」とは、何を意味するのか?
・相手に伝えると言う事。本当に相手の心に伝わる表現というのは、相手に対して本当に愛情を感じていることが必要なのではないだろうか?「心を開く(相手を愛する)」というキーワードを考える
・魂の成熟の中にこそ人間の幸せがある。すべての賢人の言葉だ。人間は幸せになる為に生まれてきた。正当に幸せを要求すべき!!
・夢で見たこと白いモヘアのタートルネックのセーターを触った感触、そのセーターの下の体の柔らかさをもリアルに感じた。そして肉体的な強い感情が湧き上がってくるのを実感した。つまり外的に全く動かずともそこまで感じられる能力がある。と言う事。エクササイズを考える事。
・勉強会のエクササイズ後の皆での報告の時間こそ「気づき」の時間。我々はこの時間に自分自身の行動の動機や、行動しない事の動機に「気付いて」行きたいのです。人間は無意識の行動によって自分を限定しています。それは日常生活の中では、生きやすく生きるための有効なコントロールかもしれない。しかし、俳優としては、いろんな状況のいろんな行動パターンを持った人を理解し演じることが出来なければなりません。出来うる限りニュートラルな無垢な状態になりたいのです。
・ボイスの本P161恐れや虚勢、ゆとりのなさからおこる無用な緊張に対処しなくてはなりません。
・視覚化(判断)⇒ 欲求 (感情)
感情はあくまでも二次的なもので結果。だから欲求。
・調律のエクササイズは体に対する意識の育成と集中力の育成
・想像力のエクササイズは想像を生む神経の状態(いい加減さ)から視覚化行動、欲求、体のリラックス(ブロックの除去)視覚化、行動、~。のサイクルを体得。
・リピは相手を感じ自分を感じ感じたままに行動できる。自分の癖(ブロックも含む)を知ること。
・アニシモフ用語の「皮肉」は、ザ・オーディションの「ユーモア」と同じかもしれない。どちらもコミュニケーションを物凄く深く密にする。(かもめトリゴーリンとニーナ②幕稽古)結果、シーンは温かくなる。人間的で生活のリアリティーが生まれる。





素人俳優

俳優が相手にして勝てない相手が、
①赤ちゃんと動物
②素人
だそうです。
北野武監督が素人を使う理由もこれだというのも有名な話。
赤ちゃんと動物は嘘をつかない。
腹が立たないのに怒ったり、悲しくないのに泣いたりはしない。
完全に自然の法則にのっとって、心のままに行動している。
これに対して俳優は嘘をつく。
自然の法則を破壊してなにやら頭で考えて演技をしちゃう。
そして観客の視線は、完全に自然の法則にのっとって心のままに行動しているものに惹きつけられる。
と言う仕組み。
舞台上で観客の視線が「自然」なもの、つまり完全に自由でのびのびとしている、嘘の無いもの。「真実なもの」に惹きつけられる。と言うのは誰もが認める事実であり真実の現象。
②の素人俳優は「何もしない」から良いのだそうだ
確かに、嘘をついて気持ちの悪い演技をする奴等より何もしないほうが良いというのは良く分かる。
が、
僕はそこでは満足がいかない。
俳優の芸術は行動の芸術である。
それも嘘の無い、自然の法則に従った創造的な行動(「創造」とは自然の法則に則ったものだと言うのは、スタニスラフスキーに限らずともあらゆる天才的な芸術家や賢者の統一見解だが)
が、俳優の芸術。
そうなのだとすると、やはり素人じゃ駄目だ。
ちゃんとした技術を持ったプロの俳優同士の演技の間に始めて芸術が生まれる。
EdgeProjectでは「自然の法則に従った創造的な行動」で行動し合い、葛藤し合える俳優を一人でも多く生み出したいと思う。
そして本物の芸術的な作品が生まれるようになればいいと思う。
美しい瞬間。
永遠の瞬間。
そういうものが生まれるために。
トレーニングしましょうね~!!

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